社長ブログ、笑いと涙の奮闘記

秀吉の中国大返し

2022年08月26日

このような状況に思いを巡らせると,この中国大返しがいかに大変な移動であったかが想像できます。また,これだけの決断と行動を即座に実行できるには,前々からの入念な準備や手配が必要だったと考えられます。つまり,秀吉は日頃から予想可能な様々な局面を想定して,「このようなことになったら,このような手を打つ」ということを考え抜いていたことでしょう。秀吉は,本能寺の変の1か月前から高松城を水攻めにしていました。その状況からして,秀吉には様々なケースを想定して,打つ手を考える時間的余裕があったとも考えられます。私は以上のような情報を『日本史サイエンス』播田安弘著〈講談社BLUE BACKS〉から知りました。今までの私は,歴史上の出来事を「ああ,そうなんだ。そんなこともあったのだ」と表面的に納得していましたが,この本を読んで,歴史についてもっと深く考え,科学的な面からも捉えていく必要性を痛感しました。